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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)148号 判決 1985年9月25日

控訴人 林冬樹

右訴訟代理人弁護士 杉谷政視

右訴訟復代理人弁護士 小宮山昭一

被控訴人 浅見掌吉

右訴訟代理人弁護士 南出行生

同 榎本孝芳

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し東京地方裁判所八王子支部が昭和五九年(手ワ)第九二号小切手金請求事件につき昭和五九年九月二〇日言渡した小切手判決を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

本件小切手の振出日は支払のための呈示のとき補充されておらず、控訴人は振出日白地のまま本件小切手を支払のため呈示したものであるが、振出日白地の小切手であっても、その支払呈示は有効である。すなわち、

1  小切手の振出日の記載は重要でなく、小切手要件ではない。小切手要件説は小切手法の文言と同法が統一条約に基づくことを根拠とするが、実質的な理由はなく、文言に拘泥した形式論にすぎない。

2  仮に振出日の記載が小切手要件であるとしても、本件小切手の振出人である被控訴人は、振出日の記載がなくとも支払をすることを承認して振り出しているから、支払のための呈示は有効である。

3  また、銀行取引においては、振出日白地の小切手についても有効な支払呈示としての効力があるとの事実たる慣習が存在する。すなわち、銀行取引では振出日白地の小切手も事実上完成手形として取り扱われ、その補充がなくとも異議なく決済される慣行が定着しており、全国銀行協会連合会作成の当座勘定規定一七条が「振出日の記載のない手形が呈示されたとき、その都度連絡することなしに支払うことができる。」と規定していることは、振出日の記載が無意味、かつ、銀行取引において必要性のないことを示している。

被控訴代理人は、控訴代理人の右主張は争うと述べた。

三  《証拠関係省略》

理由

一  被控訴人が本件小切手を振出し、本件小切手を現に所持している控訴人が振出日白地のまま支払のため呈示したことは、当事者間に争いがない。

そこで、振出日白地小切手の支払いのための呈示が有効であるかどうかについて判断する。

1  控訴人は、振出日の記載は小切手要件でないと主張する。

しかしながら、小切手の振出日の記載は支払呈示期間を決定する基準となり(小切手法二九条四項)ひいては時効期間の起算日を定める基準となる(同法五一条一項)ほか、小切手においては先日付小切手の制度も認められている(同法二八条二項)から、振出日の記載は小切手上の権利の内容の確定ないし権利の行使のために必要な事項であり、それ故小切手法は、小切手の振出日を小切手要件と定め、これを欠く小切手を無効なものとしているのである(同法一条五号、二条一項)。厳格な要式証券たる小切手においては、画一的取扱いにより取引の安全を保持すべきであり、小切手法の規定は厳格に解釈すべきであるから、取引社会における振出日の実質的意味合いを論じたうえ小切手法の規定を無視して振出日の記載が小切手要件ではないとの控訴人の主張は、独自の見解であって採用することはできない。

2  控訴人は、仮に振出日の記載が小切手要件であるとしても、本件小切手の振出人である被控訴人は、振出日の記載がなくとも支払いをすることを承認して振り出しているから、支払いのための呈示は有効である、と主張する。

しかしながら、振出日白地の小切手も白地小切手であるから、振出日の補充なしに支払のため呈示してもその効力はなく、振出人等に対する遡及権を保全する効力を有しないものである。仮に本件小切手の振出人である被控訴人が振出日の記載がなくとも支払をすることを承認していたとしても、そのような事情により呈示の効力が左右されるものではない。したがって、控訴人の右主張も理由がない。

3  次に控訴人は、仮に振出日の記載が小切手要件であるとしても、銀行取引においては振出日白地の小切手について、有効な支払呈示としての事実たる慣習が存在すると主張する。

しかしながら、その主張のような事実たる慣習は存在しない。もっとも、振出日白地の小切手が流通していること、全国銀行協会連合会作成の当座勘定規定一七条には控訴人主張の規定が存在することは、公知の事実であるが、それは振出日白地の小切手が呈示されることが実務上多く、支払機関の事務処理上の能率と統一をはかるため、当座勘定取引契約により取引先は振出日白地の小切手についても特に支払を委託し、支払人がこのような小切手について支払をしたときは、支払の結果を当座勘定取引契約の取引先の計算に帰せしめる得ることを特約しているにすぎない。したがって、右規定によって小切手法の解釈を左右される理由はなく、右規定により振出日白地の小切手の支払のための呈示が有効となるものでないことはいうまでもない。よって、控訴人の右主張も理由がない。

二  以上の理由によれば、控訴人の本件小切手の支払のための呈示は無効であるから、控訴人の本訴請求は理由がなく、これと同旨の原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小堀勇 裁判官 時岡泰 山﨑健二)

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